マーシャ・メヘラーン『石榴のスープ』
柘榴のスープ柘榴のスープ
(2006/06)
マーシャ メヘラーン

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1970年代の終わり、イラン・イスラーム革命、流血のテヘランから逃れ
アイルランドの田舎町に辿り着いた三姉妹。
ペルシア料理のレストランを開き、ようやく恐ろしい過去から離れ
閉塞した田舎町に新風を吹き込んでゆく…。

長女マルジャーンが確信を持って繰り出す、官能と癒しのペルシアの郷土料理。
この異国情緒満点の料理の数々が、媒体となり、イランとアイルランドの異文化を交流させてゆく。
冷たく湿ったアイルランドの町に、陶酔を誘うスパイスの香りが漂い、人々を元気づけてゆく。
同時に、思い出の品々やペルシャ絨毯、活気のあるサモワールに囲まれ、ようやく落ち着いた
三姉妹もまた、地元の人々との交流に慰められ、テヘランでの過去を癒してゆく。
そういう、再生の物語だ。
その再生の原動力が、伝統的なペルシア料理の数々で、それを調理する人と
食べる人の双方を力づけている。
各章にペルシア料理のレシピが収録され、料理と、その効能を具体的に想像しながら読める。
食べることは、エネルギーを心身に取り込むこと。生命の源。
読んでいるだけで、香り豊かで、エキゾチック、官能的、どうにも美味しそう。


タイトルにもなっている石榴のスープは、三姉妹にとって忌まわしい記憶を象徴するメニューだが、
ラストではこのメニューも希望の象徴へと姿を変えている。

 ・・・電話を切り、パセリとコリアンダーとミントを刻み始めた。ボウルにハーブを入れ、ラムのひき肉、玉ねぎ、調味料を混ぜる。指のあいだで肉をつぶすと、夏の日に裸足の指のあいだに入る温かな泥のような感触が伝わる。なじんだリズムで混ぜていると、気持ちが落ち着く。熱いスープが入った鍋にミートボールを加える頃には、再び希望が歌っていた。
 ・・・ザクロのスープはその果実のみで生命を吹き込む。しっかり煮込まれちらちらと光る深い紅色になったザクロの汁は、スープに甘酸っぱい味を与え、通常はメインの食事よりも前菜として喜ばれる。マルジャーンの意見では、「冷」(サルド)と「温」(ギャルム)のバランスがこれほど完璧な料理はほかになく、「冷」のザクロとコリアンダー、「温」のラムとグリンピースが釣り合っている。たったいま、バハール(次女)にこのにおいが届いたなら。現実でも想像の上でも、恐れるものなどなにもないとわかるだろうに。

(『石榴のスープ』第十二章より)


また、末娘レイラーが、アイルランドの少年マラキーと、運命の恋に落ちるエピソードが良い。
レイラーの若々しさと前向きさが、物語全体をぐっと引き上げている。

 騒々しい音を聞きつけたレイラーがあたりに注意を向け、店の入口付近を見たとたん、燃えるような感覚に全身を捕らえられた。目の前の通路には、いままで見たこともないような美しい少年がいるではないか。息を吸い込もうとしたが、弱いしゃっくりが始まった――愛に食いつかれた空気を吸って息が途切れたのだ。しゃっくりは、このあとでマルジャーンの有名な飲み物ドゥーグを飲むまで止まらなかった。
 …しゃっくりをしながら姉たちのいる暖かなキッチンへと急いで戻った。そのとき初めて、片方の手のひらに玉ねぎを一つ握ったままであることに気がついた。それは、マラキー・マグワイアの顔を見て驚嘆する前に手にしたものだった。ぎっちり握っていた手をゆるめると、小さな白い野菜が、自分の心のようにカリカリに炒め上げられているのがわかった。
(『石榴のスープ』第二章より)


この物語はフィクションではあるが、筆者のメヘラーンはイラン人で、革命によって祖国を逃れ、
各地を転々とし、アイルランドにも暮らしている。
人々がイランという国を思い浮かべるときにイメージする暗く暴力的な印象とは相容れない、
自分の知っている美しい祖国の姿を本書で表現したかった

とメヘラーンは語る。
全体的にとても豊かで美しく、文化とユーモアに満ちた、栄養満点の作品。

装丁デザインも良い。大切に持っていたいと思わせるような。
カバーの紙は少しざらっとした質感で、開くと表紙の内側は柘榴色。良く合っている。
2008-06-26 08:44 | | Comment(0) | Trackback(0)
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