ヒガアロハ『しろくまカフェ』
しろくまカフェ (フラワーコミックススペシャル) (フラワーコミックススペシャル)しろくまカフェ (フラワーコミックススペシャル) (フラワーコミックススペシャル)
(2008/03/26)
ヒガ アロハ

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仕事中に母からメールが来たので何かと思えば、
パンダのリンリンが死んでしまったと丁寧に画像付き。
帰宅して「実は年寄りだったんだね」などと母とふたり話していると
今日、ニュースで映像が流れてたの見たら、涙が出ちゃって・・・
とまたも思い出し泣きをする母親。
母は近年、仕事を辞めて主婦になってからというもの
好きなことをする、我慢はしない、を貫いているので
感情は時にだだ漏れで野蛮な状態。

この母の反応は異常だけれど、
パンダには人を惹きつけて止まない魅力が確かにある。
白黒のあり得ないカラーリング、それに加え、成獣となっても頭でっかち、
ころころに太っていて、動作は間抜けで愛らしい。

母とパンダを偲んで夕食を摂っていたら、
折りしもアマゾンからヒガアロハの『しろくまカフェ』が届く。
タイトルはしろくまだが、主人公は実質、しろくまとパンダの2体である。
しろくまが経営するカフェの常連のパンダは、動物園でパンダのアルバイトをしている。
いつも竹大盛りとコーヒーを注文するパンダは、非常勤で週に2日しか働いていない。
こういったゆるいキャラ設定に見られるようなイメージ。
パンダにそれを投影すると、無条件に幸せな楽しい気持ちになる。

町田康の『フォトグラフール』にあるパンダの一節も好きだ。
町田康らしい「ゆるさ」がパンダに投影されている。

フォトグラフールフォトグラフール
(2008/02/15)
町田 康

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2008-04-30 23:38 | | Comment(0) | Trackback(0)
石垣りん詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』
私の前にある鍋とお釜と燃える火と―石垣りん詩集私の前にある鍋とお釜と燃える火と―石垣りん詩集
(2000/10)
石垣 りん

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『暮しの手帖』4−5月号で表題作が紹介されており、なんとも素敵なので、詩集を買って読んでみる。

・・・
台所では
いつも正確に朝昼晩への用意がなされ
用意のまえにはいつも幾たりかの
あたたかい膝や手が並んでいた。

ああその並ぶべきいくたりかの人がなくて
どうして女がいそいそと炊事など
繰り返せたろう?
それはたゆみないいつくしみ
無意識なまでに日常化した奉仕の姿。

炊事が奇しくも分けられた
女の役目であつたのは
不幸なこととは思われない、
そのために知識や、世間での地位が
たちおくれたとしても
おそくはない
私たちの前にあるものは
鍋とお釜と、燃える火と
・・・

(「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」より)


石垣りん(1920-2004)。
生活と密接に、正義と理想がある。
言葉は平易でやさしく、それでいて鋭い。
真っ直ぐで、心からの、平和の希求。

「雪崩のとき」。
石垣りんは1951年にして既に日本の戦争放棄の誓いの継続に危惧を抱いている。
平和という雪に降り込められて過ごす静かな季節は、長くは続かないだろうという予感を、雪崩になぞらえて描き出す。
確かに今現在、「世界の国々の権力や争いをそとにした つつましい民族の冬ごもり」は正に終わろうとしている。

当時の国家情勢や、労働者問題などを扱う、素直な目線と言葉が、とても誠実である。
同じ語り口で、家庭での炊事の営みや、自らの病と治癒についても扱う。

ところどころ、当時の左寄りの、頑なさや潔癖さが、ちりちりとひっかかる感はある。
でもこの真っ直ぐな思索は、現代にはなかなか見られない清らかさだ。

新装版は、装丁がいまいちで残念。
2008-04-16 08:44 | | Comment(0) | Trackback(0)
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