「エンジェル」
エンジェル
原題: ANGEL
監督: フランソワ・オゾン
製作年度: 2007年
上映時間: 119分
出演:ロモーラ・ガライ、シャーロット・ランプリング、サム・ニール

飯田橋ギンレイホールにて鑑賞。 

1900年代初頭のイギリスを舞台に、幼いころから上流階級にあこがれ、
16歳で人気作家としてセレブの仲間入りを果たした女性の夢と現実を描く人生ドラマ。
幼い頃から憧れていた豪邸“パラダイス”を購入し、華美な暮らしを始めるエンジェル。
そんな中、彼女は画家のエスメと恋に落ちるが…


フランソワ・オゾン監督作品にしては閉塞感が軽め。
いや、実際のところ閉塞感は普通にあるけど、通常のオゾン作品はもっと狭い。
その狭さが非常に濃ゆいオゾンワールドを造り出すわけだが、
本作は密室でもないし(パラダイス屋敷も夫エスメを束縛し閉塞感を与えるが、
ヒロインにとっては密室でも制限でもない)、演劇的な演出は限られたシーンのみ。
しかも全編英語(舞台がイギリスだから)。ということでだいぶ雰囲気が違うので、
いつものオゾン味を求めて見に行くと、
…あら?このまま終わり?みたいな気持ちに。
物凄いどんでん返しも無いしな…

エンジェルの奇天烈な衣装(コスプレ?)、
戦前のハリウッド映画みたいにちょっと間抜けな作り物の背景を背負ったポーズ、
そして何より、心から愛した人の死に際してまで、滔滔と嘘っぱちを芝居がかって述べる逞しさ。
彼女は、現実の自分など気にも留めず、「こうありたい」と思う自分を自ら産み出してゆく。
それは観ていて非常に面白い。

オゾンはコントロール不能な女性のエゴやパワー、揺るぎない欲望、
野蛮な母性などを描くのが上手だ。
本作も、すごいなーこの女、どうしよう絶対感情移入できないな、と序盤に思うが、
ラストに至るまでには何となく親しみを覚えてくる。うまい。
でもでも、そんな映画をわざわざオゾンに作ってほしいわけじゃないのだ。
もっと他の誰にもできないような、キチガイじみた世界を見せてほしいのに。
『風と共に去りぬ』なんかを意識してたのかなあ。
今、オゾンがそれをやる意味が良く分からないけど。
年とって、そういうリスペクトを形にしたくなったのかなあ。

好みの問題なので、悪くないんだろうけど、私は、エッジが取れてきちゃってるように思えて残念。
私は「焼け石に水」〜「8人の女たち」あたり、あの頃の作品が好き。
全体がしっかり絞られていて、媚びない。
考えるな、感じろ!っていう。
突き抜けたセンスをばーんと提示して、どう?みたいな。
リュディヴィーヌ・サニエは文句無く可愛いし。


セット、衣装、ダンス、キャスティング、全てが完璧。邦題も良かった。
焼け石に水焼け石に水
(2003/01/24)
ベルナール・ジロドー、アンナ・トムソン 他

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最後の最後のどんでん返しで、観客ぜんぶ置いてきぼり、みたいな余韻の投げつけ方。
スイミング・プール 無修正版スイミング・プール 無修正版
(2005/01/21)
シャーロット・ランプリング、リュディヴィーヌ・サニエ 他

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隙が一分も無い。嘘みたいに衣装が素敵。
8人の女たち デラックス版8人の女たち デラックス版
(2003/07/21)
カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベアール 他

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2008-02-29 23:47 | 映画 | Comment(0) | Trackback(0)
赤木明登 『漆 塗師物語』 『毎日つかう漆のうつわ』
赤木明登さんという漆の塗師(ぬし)さんがいる。
普段に使えるデザインと価格設定でファンは多いことと思う。
ある日、母が赤木さん作の三つ椀(大小みっつのお椀が入れ子になる)
を買ってきてからというもの、
我が家もだんだん、漆の器を気軽に使うようになった。
仕舞われたままだった母の嫁入り道具の漆のお椀やらお盆やらお重箱も
随分出番が増えて、使っているとやっぱり必然的に磨くので、良い艶になってきた。
漆は手入れが面倒だという先入観がありがちだが、
洗って、すぐ拭きさえすれば、別に難しいことなど無い。
おまけに案外、何をよそっても合うし、どんな陶器磁器とも不思議と馴染む。

漆 塗師物語漆 塗師物語
(2006/06)
赤木 明登

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その赤木さんが漆職人の修行、その現場と輪島塗の歴史について書き下ろした一冊。
赤木さんは、27歳で雑誌編集の職を辞して輪島の塗師に弟子入りしたという異色の経歴の持ち主。
「つくる」のではなく「できてしまう」器に至るまでの日々と思いが綴られている。

赤木さんは、尊敬する塗師、角偉三郎氏のことば
「したたかな技術を身に付けなさい。技術があることは自由になることなのだ」
を噛み締め、弟子時代は、ひたすらに修行に励む。
ものづくりにおいて、技術は目的ではなく手段なのである。
修行の日々を終え、「自分の器とは何か」という自問に対し
弛まぬ制作を続ける中で、少しずつ答えを見つけてゆく。
そうして産み落とされたのが、赤木さんの簡素だけれど美しい器たちだ。

今の時代には、確かにぴかぴかで艶々の蒔絵の漆より、
赤木さんの作るような艶のない漆の方がしっくりくると私も感じる。
家屋が、簡素で何もない、仄暗い空間だった時代には豪華絢爛の漆が美しく見えた。
だが今の生活空間にはものと照明が溢れており、そこにぴかぴかした物を置いてもうるさい。
赤木さんは、現代には、艶を押さえた静かなものがあると、ホッと落ち着くと考えたのだ。

一方で赤木さんの中で、過去の器に対するリスペクトは一貫している。
「いったいこの世には、どのくらいの種類の椀があるのだろうか。
…今まで誰も見たことのないような新しい形の椀を、僕なんかが作って、
そこに付け加えることに意味があるだろうか。
僕は、そんな仕事に興味がない。
僕は、形を新たに付け加えて、この世をますます騒々しくすることには加担したくない。
ずーっと過去に遡って、自分が出会った、美しいと思える椀を、再びこの手で作ってみよう。」
「「写し」とは、古いものをそのままコピーして作ることではない。
…古いものを美しくしている何か、必然性のようなものを掴んで、咀嚼し、
その形の中にある漠たる世界から、自分ならばこれだという一つの線、一つの色を見つけていく作業なのだ。」(本文より)

美しいものには何かしらの必然がある。
それを見つけて、かたちにして提示してくれるのが芸術家の役割だと私は思う。
赤木さんは自分を芸術家ではないと仰るに違いない。
職人であり、自ら作るもので生計を立てる仕事人であると。
だが、本来職人というのは芸術家でもあった筈である。
もちろん数をこなす仕事もするだろう、だって日常使いの器なのだから。
しかし、それ即ち芸術性の否定ということにはならないと思うのだ。
用の美ということばにもあるように、美しい必然を導き出す力は、
本来、名も無い手仕事の職人が備えていた力である。


こちらも合わせて読むと、漆作りの工程から使い方までより良く分かる。
毎日つかう漆のうつわ (とんぼの本)毎日つかう漆のうつわ (とんぼの本)
(2007/05)
赤木 明登

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2008-02-28 09:18 | | Comment(0) | Trackback(0)
辻村植物園の梅林
辻村植物園へ梅林を見に行く。

ume

辻村植物園は、小田原にあるかなり質実剛健な構造の植物園。
わんぱくランドという子供向け遊戯施設に隣接するが、植物園自体は至って実直。
週末にも関わらず、茶店を出して甘酒を売ったり、土産物屋を並べたりはしていない。
まあ、それほど訪れる人もいそうにない。
よく手入れされた木々が並ぶ素敵な植物園だが、ちょっと地味で不便過ぎるかも知れない。

日当たりが良い傾斜に広がる梅林は今週はまだ少し早かったが、
満開になったらさぞ見事だろう。来週あたりが見ごろか。
傾斜を背にして見下ろすと、市街地の向こうに海が見渡せる。素晴らしい景観。
人はまばら。ゆったりした気持ちで歩き回る。
傾斜がきつい場所もあるので、景色に変化があってなかなか楽しい。


なぜこのメジャーとは言えない植物園まで梅を見に来たかと言うと、
この辻村家の次男坊、伊助氏が面白い人生を送った人であることを知り
最近興味を持っていたから。

辻村家は明治時代から続く名家であり、その最盛期には小田原駅から
自宅まで他人の土地を一切踏まずに行き来できたというほどの地主。
明治40年代、辻村常助・伊助兄弟によって創立された辻村農園は、
主に西洋草花を扱い、種子や球根の通信販売なども手掛けた
先進的な農園経営をしていた。 

次男の伊助(1887〜1923)は植物学者であると同時に、情熱的な登山家でもあり、
スイスの高山植物などを持ち帰っては、日本での育成を試みていた
(現在だとワシントン条約とかに触れそうな勢いで外来種を持ち込んでいた模様)。
伊助は、アルプスに登るために渡欧し、山岳事故かなにかで
彼の地で入院している間に看護師の女性と恋に落ち、
帰国する際に、青い目の奥さんを連れて帰ってきたという
舞姫も真っ青の、当時としてはかなり珍しい人生。
しかしその後の人生は更にドラマティックで、
関東大震災による山崩れの泥流に屋敷ごと呑まれ、一家全滅している。
一帯が全て泥流に埋もれてしまったため、遺体の発見は2年後だったという。
なんというか、一家で亡くなったことはお気の毒だが、
やりたいことはやるだけやった人生というか…
気概にも、財力にも、勢いがあった人の残した農園なのだなあと。

この辻村家の残した農園は、1990年頃に小田原市主導で
植物公園として再生したそうである。
梅のほか、竹林、針葉樹林、銀杏、ネムノキ、ユーカリ(とても良い匂いだった)などが並ぶ。


スウィス日記 (平凡社ライブラリー)スウィス日記 (平凡社ライブラリー)
(1998/02)
辻村 伊助

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辻村伊助の著書。アルプス登山紀行。


2008-02-25 08:20 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
「モネと画家たちの旅―フランス風景画紀行」@ポーラ美術館
「モネと画家たちの旅―フランス風景画紀行」展
ポーラ美術館(箱根)にて 
3月23日(日)まで開催

本展は、ポーラ美術館の開館5周年を記念した企画とのこと。
そうかまだ5年しか経っていないのか、と少し意外な感じ。
この美術館は、東京から遠いようでいてアクセスは良いので
なにかと他にも立ち寄れるし、わりと気軽に出かけているように思う。
お天気が悪いと山道の運転はちょっと怖いけれど。

今週末は風は強いけれど、よく晴れて、ドライブ日和。
首都高から東名、道は空いていて、東名に入ってからずっと
真っ白く雪に覆われた富士山が見えていた。
10時半頃には美術館に着くように出たが、
道も順調で、着いた時はまだそれほど混雑していなかった。

約90点の印象派とその周辺の作品たち。
モネを始めとして、ゴッホ、ルノワール、マネ、セザンヌ、ピカソ…
これが全て自前のコレクションというのが凄い。
今も買い足しているのだろうか。
だとしたら、ここの学芸員は夢のような仕事だなあ。

産業革命によって、蒸気機関車や鉄骨の建造物など、
画家たちは新たな描くべきモチーフを手に入れた、というのはよく知られた話。
それに加え、画家たちも蒸気機関車に乗って長距離移動が可能になり、
それまで目にする機会のなかった南の陽光やそれらが照らし出す風景に触れ、
描くことが可能になった。
それを「旅」と題して楽しく展開している。
新しい風景に接して、描かずにはいられないときめきがある。

最後のセクションでは「旅」はここではないどこかへ到達する。
ジャングルに行ったことのないルソー、
目に見えない空想の何かを描き続けたルドンの作品。
この両作家の作品は大好き。
描く必然性や喜びが伝わってくる。そして素晴らしい色使い。

館内レストラン「アレイ」では、企画展にあわせて
ノルマンディーの料理をアレンジしたコースメニュー「モネ・美食紀行」を。
男性にはちょっと物足りない分量。
前菜のテリーヌとデザートはとても美味しかった。
羊は少し脂っこかった。ハーブティーがポットで来るのが嬉しい。

帰り、さすがに駅前は混雑していたが、それほど酷い渋滞でもなかった。
200年程前の人たちは、この箱根の山を歩いて超えていたんだから、
技術の進歩って凄いよね、産業革命は本当に「旅」の概念を転換したよね、
というような話をしながら、次の目的地、小田原の辻村植物園へ向かう。
2008-02-24 18:25 | 展覧会 | Comment(0) | Trackback(0)
「やわらかい手」
やわらかい手
原題: IRINA PALM
監督: サム・ガルバルスキ
出演: マリアンヌ・フェイスフル、ミキ・マノイロヴィッチほか
製作国・地域: ベルギー/ルクセンブルグ/イギリス/ドイツ/フランス 上映時間: 103分
製作年度: 2007年
上映時間: 103分

銀座シネパトスにて鑑賞。

60年代の伝説の女優マリアンヌ・フェイスフルが39年ぶりに主演した女性讃歌。
病気の孫の手術のための渡航費用を稼ぐ必要から、
世間知らずの中年主婦が飛び込んだ性風俗の世界で、
人間として、そして女性として再び輝く様を描く。


とても良い映画でした。
ちょっとセンセーショナルな就職ではあるが、
物語上、ヒロインがセックス産業に従事することはさして重要ではなく、
ひとりの女性の再生の物語でもあり、
母と息子の親離れ・子離れの物語でもある。
セックス産業の醜い面をダイレクトに見せることはなく、
画面は慎み深く、少しユーモラス。
映画として、「伝えたいこと」「見せたいもの」と「見せる意味の無いもの」の
バランスをきちんと計算した上で演出されている点に好感が持てる。

だんだんマギーの口紅の色が素敵になったり、
スカーフを使うようになったり、
つまらない女友達との惰性の付き合いに終止符を打ったりと、
ひとりの女性として際立ってくるのが分かる。
きちんと仕事をこなし、それが認められ、
更に、ミキとの信頼関係を築くことによって、
マギーは確実に「ハリ」を取り戻してゆく。

そして、若干、過干渉に接していた息子に対しても、
毅然とした態度を取れるようになる。
息子も、自分の想像を超えた母親の秘密に打ちのめされるが、
母親の行動の本当の意味を、やがて理解する。
マギーと関係の悪かった嫁のほうが、先に姑であるマギーの心意気を認め、
感謝し、頑なだった態度を解き、マギーに精神的にも頼るシーンはとても美しい。

マギーは、女友達や、息子からさえ、酷い言葉で罵られる。
しかし、もはや彼女は周りの意見に動揺したりはしなくなっている。
人からどう思われようと、自律的な思考ができるように成長したのだ。

ちなみにヒロイン、マギー役のマリアンヌ・フェイスフルは
おばさん役でありながら、実にチャーミングかつ演技も上手いのだが、
かつては貴族出身の気品と美しい容姿で世界中を虜にした伝説のミューズであった。
ミック・ジャガーとの不倫の恋も話題になった。
1969年にオーバードーズで意識不明となっているところを全裸で発見され、
一命は取り留めるが、その後スターの座からは転落、ドラッグ中毒に苦しみ、
一時はホームレスとなるなどの壮絶な人生を乗り越えてきた凄い人。
本作で、女優としての堂々たる復活を果たしたことになる。
全盛期の姿が、ルパンの峰不二子ちゃんのモデルであったとも言われています。


ところで本作は、ロンドンの庶民的な生活空間や、
変凡な主婦の秘密の仕事、秘密の仕事がばれた時の家族との葛藤など
同じくロンドンを舞台にした映画「ヴェラ・ドレイク」と類似する点が多い。
こちらは1950年代のロンドンが舞台で、望まない妊娠をした女性に
秘密裏に無償で堕胎の手助けをしていた女性の物語。
「やわらかい手」は「ヴェラ・ドレイク」のように悲惨ではなく、
むしろ希望へ向かう物語だが、ロンドン独特の曇った雰囲気や、
老人たちの慎ましい生活様式、家の設え(壁紙、ソファの布が全部花柄とか)などの
空気感は同じように映画全体の印象に強く残っている。

ヴェラ・ドレイクヴェラ・ドレイク
(2006/02/24)
イメルダ・スタウントン、フィル・デイヴィス 他

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2008-02-22 08:59 | 映画 | Comment(0) | Trackback(0)
高橋みどり『酒のさかな』
酒の肴酒の肴
(2007/05/16)
高橋 みどり

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本当にお酒を飲むのが好きな人なんだなあと思う。
本書に掲載されているレシピは、ご飯のためのおかずではなく、
お酒を飲む時間の良きお供となる肴である。
ちまちまとつまんでは、また一口飲む。そのためのレシピ。
この楚々としたシンプルなレシピを
少量づつ、何品か作ってテーブルにつけば、
永久にのんでいられそうだ。
大事にしている器の真ん中に、そっと盛り付けて
ではでは、と始めたい。
お酒はこうやって飲みたい。

素材の味を活かすタイプのシンプルなレシピなので、
手順も簡単。材料も、少ない種類で済むのが良い。
気軽に何か新しいの作ってみようーと思える。
それに、飲みながら、もう一品くらい欲しいな…という時も、
さっと作り足せそう。


「ごはんのおかずとはちがうので、見ためにも少しずつうつくしくもることにより、
酒の肴らしくなる。量も味のうち。」
「ただしくれぐれも、エネルギー充電のためといいつつの深酒はやめておこう。
家でのお酒は、ものたりないくらいがちょうどいい。」 (本文より)

こういった清らかな酒飲みの姿勢が
全編を通して、気持ち良い。

写真でなくて、イラストなのも良い。
季節感があるのも良い。
2008-02-21 19:30 | | Comment(0) | Trackback(0)
森美術館におもう
森美術館のお客には、はとバスやいわゆる農協ツアーの年配者なんかも凄く多い。
こういう、どちらかというとエッジィな作品が中心となる美術館を
こういう人たちのツアーコースに組み込むというのはいかがなものか。
もちろん芸術には啓蒙という面がある。
けれどここにはもう埋めようも無い溝があるように思えてならない。
展覧会企画者の意図しているところと、鑑賞者の目線が平行線なのだ。
それで、全く大きなお世話なのだけど、そういう光景を見ていると、
なんとなく悲しい、というかあーあという気持ちになる。
それは「私はこの作品を理解できるけど、あの人たちは何にも分からない」
という文脈では勿論無くて(私自身、森美術館の企図をいまいち理解できずに、
疎外感を感じて帰途に着いた経験がある)、限られた時間で行くなら、
もっと楽しめるとこがあるはずなのに、という思いだ。

私だったら、本家のおばあちゃまたちを田舎から引っ張り出して、
UBSコレクションを見せようとは思わない。
あの人たちを美術館に連れて行くなら、上野とか、ブリヂストン美術館とか、
谷中の朝倉彫塑館とか、目黒の庭園美術館なんかの方がずっと楽しめると思うけど。
まあ森美術館は広いから、連れてって放しちゃえばいいから、ツアー主催者にとっては楽なのだろう…。


お天気に恵まれた展望台の眺めは、等しく万人の心を打つけれど。hills
2008-02-20 08:31 | 展覧会 | Comment(0) | Trackback(0)
人形町 亀井堂の「半月」
hangetsu


人形町、甘酒横丁にある亀井堂。
1929年に神戸の亀井堂総本店から暖簾分けされて開店、今に至る。

この亀井堂のお煎餅、「半月」。
甘いおせんべい部分は、粉と卵と砂糖の味。
牛乳やバターを使わない。歯ざわりが良い。
「刷毛引き」と呼ばれる、白い砂糖細工の部分が美味しい。
メレンゲよりごりっとしていて硬い。
口溶けも良いけれど、メレンゲのようにほろほろと崩れるというよりは、
歯で砕きつつしっかり味わっていく感じ。
この「刷毛引き」は伝統的な技術だけれど、
今の日本で出来るのはこの亀井堂の職人さん2人だけだそう。

このお砂糖部分が他にない美味しさで、
2枚で250円はお煎餅にしては高価と思いつつ
ついつい求めてしまう。
2008-02-19 08:14 | おいしいもの | Comment(0) | Trackback(0)
「人のセックスを笑うな」
人のセックスを笑うな
監督:井口奈己
製作年度:2007年
上映時間:137分
出演:永作博美、松山ケンイチ、蒼井優 ほか

新宿武蔵野館にて鑑賞。


山崎ナオコーラの同名小説を井口奈己監督が映画化した青春映画。
20歳年上の女性に恋をした、純情な青年の喜怒哀楽を映し出す。

まだまだ混雑していた。満席。

みるめ役の松山ケンイチも、ユリ役の永作博美も、どちらも恐ろしく可愛い。凄い。
原作も生々しいんだけど、映像になると更に逃げ場なく生々しい。
恋をしている時の戸惑い、切なさ、歯がゆさが生々しい。
誰にでも覚えがあるような、恥ずかしい生々しさでもある。
長いけど、間がちゃんと持つ、よく出来た映画だった。
しっかり世界が出来ている。

一言で言うと「不倫」。
不倫という言葉は強烈で、その言葉の前に思考が停止して、
とにかくネガティブ、後ろ暗い。という印象だけで考えがちだ。
私くらいの年齢になると、不倫の経験がある女友達は結構いる。
彼女たちの気持ちは私にもなんとなく分かる。
それもあって、なぜいけないのか、いけないと分かっていながらなぜやめないのか、
彼女たちにとってそれは何なのか、ちゃんと考えたことはなかった。
「人のセックスを笑うな」では通常の不倫のパターンのジェンダーが逆転している。
それもあってか、なんとなく新鮮に、「不倫」という関係を見つめなおすことが出来るように思う。

まだ世界が狭く、なにもかも柔らかく純粋な年代の男の子が、
年上の魅力的な女性に誘われて、抗えるわけもない。
そして彼の世界はあっという間に、その女性でいっぱいになってしまう。

みるめ君がユリを全力で求めても、決して奪えないものがある。
猪熊さんとユリの婚姻関係と信頼関係。
ユリの全てが欲しいと思っても、それだけは求めてもどうにもならない部分だ。
その寂しさ。

不倫という関係には、まっくらなところがあると思う。
ブラック・ホールのように、ぽっかりと口を開けて佇んでいる。
みるめ君は、そのまっくらな穴に向かって全力で愛を放り込む。
そして無力感に打ちのめされる。

基本的にみるめに感情移入して観る映画だと思うが、
えんちゃん役の蒼井優(この人も本当に可愛い)にも
ときどき感情移入してバランスが取れる。

この頃の女の子って、ほんと、えんちゃんみたいに、人の言うこと聞かないよね。
とは一緒に観た彼氏の言葉。若干あてこすり。
そうだねえ、確かに私もそうだったねえ。
と、そんな甘酸っぱく恥ずかしい時代を思い出したりもする。



人のセックスを笑うな (河出文庫)人のセックスを笑うな (河出文庫)
(2006/10/05)
山崎 ナオコーラ

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原作と映画は結構違う。
映画はやはりビジュアル的に綺麗にまとめる必要があるからか、
ユリが小綺麗なキャラクターになっている。
2008-02-17 23:21 | 映画 | Comment(0) | Trackback(0)
「アートは心のためにある:UBSアートコレクションより」@森美術館
「アートは心のためにある:UBSアートコレクションより」
森美術館にて、4月6日まで。


スイスに拠点を置く世界的金融機関UBS。
アート・バーゼルとか、国際的なアートフェアの参加費の振込先なんかは大体UBSですね。
このUBSが所蔵する1,000点を超える現代アートコレクションから約140点が出品される美術展。
コレクションは、20世紀後半のヨーロッパやアメリカの著名アーティストの作品が中心。
ジャンルは絵画、写真、ドローイング、彫刻、ビデオなど多岐にわたる。

印象的な展覧会タイトルは、出展作家の1人、ジョナサン・ボロフスキーの作品
「Art Is for the Spirit,No.3094248(アートは心のためにある)」からつけられている。
でもこの作品はシルクスクリーン版画。
んー。ジャンルに捉われないというか…こういう展覧会の核になる作品は、普通は原画じゃないだろうか。
と思ってしまう私は、頭が古いんだろうか。
違和感は拭えない。

「1.ポートレイトから身体へ」「2.造られた世界」「3.ランドスケープから宇宙へ」
という3つのセクションを辿る構成。徐々にスケールが広がる。
また、展示空間に家具を配置し、オフィス空間に見立てることで、
アート作品をより身近に感じられる工夫を施している。

工夫の割りに、あまり親しみが沸かなかったのは、
こういう無機質なタイプのオフィスなりロビーなりの設えを私があまり好まないからか。
作品・構成とも適度に面白くはあり、飽きないが、夢中になって見入るような引力は無かった。
「心のためにある」アートが、こういうものなのか、私は疑問だ。
「心のため」イコール「癒し」だとか「自己発見」などと思っているわけではない。
私の心、SPIRITに、何らかの作用をして欲しいと思うだけだ。
私は現代アートに対して懐疑的過ぎるのだろうか。
あるいは感受性が無いのか。


会場で、写真家・宮本隆司氏による「見るためには闇が必要だ」と題した
アーティスト・トークを拝聴。
宮本氏が中に入って撮影を行うピンホールカメラについての解説があり、
手法も作品もなかなか面白いと思った。
タイトルにある「闇」。
カメラ内部は完璧な闇がなくては撮影できない。
宮本氏は、それを原理としては知っていたが、
光・闇・感光材という写真の三元素への意識がより明確になったのは、
ピンホールカメラの内側に入って、目張りをしている時だったという。

カメラの原型、カメラ・オブスクーラ(=「暗い部屋」の意味)。
フェルメールら画家が絵画制作のツールとして使用したのは、
この初期の暗闇を閉じ込めた箱だった。
まだ、投影した像を定着させる技術は無かった。
私は昨年、この初期のカメラの複製版を、写真家の先生に覗かせてもらったことがある。
この小さな「暗い部屋」を通して見ると、本当に別世界を見ているように感じた。
世界の認識の仕方が、個人的になり、親密になって、その世界に物凄く惹き付けられた。
現実でありながら、現実でなく、とても親しく思えるという、アンビバレンス。

宮本氏は、写真とは「闇の中での光と感光材の出会い」であると言う。
彼はあくまで物理的な意味でです、と断る。
光と闇、とか言うと、宗教的な響きに偏ってしまって嫌だから、と。
ただ、宗教的ではないにしろ、そういう文脈で考えると、
写真に何らかの神秘性や不思議を感じざるを得ない。

写真ってなんだろう。
実は私の勤める画廊で、次に予定している展覧会は写真展で、
そういう事情もあって、何かヒントは無いかと本展とアーティスト・トークに足を運んだ。
写真について、もう少し考え続けたい。
2008-02-16 22:27 | 展覧会 | Comment(0) | Trackback(0)
「パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト」
WOWOWで放映してたので、見るともなく見ていたら、結構面白かった。
敵キャラの蛸やら貝やらの複合的なデザインが凄い。
映像は迫力があり、ストーリーも淀みない。ヒットするわけだ。

ディズニーのヒロインも強くなったものです。
ジェンダー論争のかしましい時勢、守られるだけ・待つだけのヒロインは何かと問題があるのだろう。
だから男と同じように女も剣を取って戦うようになった。
しかし、剣を取ることで、女は男と平等になれるのだろうか。
女だけではなく、「男も剣を取らない」という選択肢はまだ出てこないのだろうか。

あ、でもジョニデ扮するジャック・スパロウは肝心な時でも
我が身可愛さに、尻尾を巻いて逃げたりしますね。
やはり、時代はより新しい方へは向かっているの…かな?


パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト スペシャル・エディションパイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト スペシャル・エディション
(2006/12/06)
ジョニー・デップ、オーランド・ブルーム 他

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2008-02-14 08:50 | 映画 | Comment(0) | Trackback(0)
村田喜代子『八つの小鍋』
八つの小鍋―村田喜代子傑作短篇集 (文春文庫 む 6-4)八つの小鍋―村田喜代子傑作短篇集 (文春文庫 む 6-4)
(2007/12/06)
村田 喜代子

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村田喜代子の作品を読むのはこれが初めて。
芥川賞をはじめとして、様々な賞を受賞した短編がズラリ。
いずれも非常に味わい深い。

平易な言葉遣いなのに、なにかグロテスクな気配がする。
圧倒的な生活感と生命の匂い、
同時に常に隣にある狂気に気付かせるような深い眼差しがある。
こんなにも生命力を感じる物語。でも殆ど全ての作品に老婆が出てくる。
老婆―死に近い人たち。長い年月の物語を孕んでいる人たち。

田舎にいるおばあさんというのは本当に違う生き物みたいなところがある。
小さくて、曲がっていて、思考回路も未知だ。
その土地の風景に漂白されたように、特有の長い年月を全身に纏っている。
東京で暮らしていると、そういうタイプのおばあさんは殆んど見ない。
お洒落だったり、小綺麗で可愛らしかったりで目に留まるおばあさんはいるけれど、
なんというか、そういうおばあさんたちは私と同じ世界に生きていると感じる。
腰がつの字に曲がって海老に短い脚を生やしたみたいな小さなおばあさんは、
旅先に居るから遠く感じるのだろうか。
ひとつのキャラクターみたいに、バーチャルな感覚で愛しかったり、面白かったりする。

村田喜代子にとっておばあさんというのは何なのだろう。
単に好きなモチーフというかオブジェというレベルではないだろう。
例えば、梨木香歩の描く知恵に溢れた優しいおばあさんとは全然違う。
村田の描くおばあさんは、必ずしも何かを与えてくれたり、ドラマを生み出すわけではない。

味わいに紛れて、おばあさんの意味をうまく読み取れなかったと思う。
再読したい。
2008-02-13 08:23 | | Comment(0) | Trackback(0)
「陰日向に咲く」
陰日向に咲く
監督: 平川雄一朗
原作:劇団ひとり
出演:岡田准一、宮崎あおい、伊藤淳史、塚本高史、西田敏行、三浦友和ほか
製作年度: 2008年
製作国: 日本
上映時間: 129分

シネマート新宿にて鑑賞。


劇団ひとりが書いた同名ベストセラー処女小説を映画化。
どこか日の当たらない9人の人間たちが織り成す群像劇。
豪華キャストが顔をそろえる。

非常に分かりやすい群像劇。意外性というものが無い。
それぞれの話にそれぞれのインパクトが足りない印象。
平山あやと塚本高史(この人は本当に演技も雰囲気作りも上手いですね)
のアイドル話は良かったけど、
他はするすると話が進みすぎて、その割りに登場人物にいまいち共感できないまま。
あと、そんなにどの話もうまいことリンクさせなくてもいいんではないかと思った。
最終的に全体が繋がってしまうことで、安っぽくなっていた。
岡田君は美しくて、居るだけで絵になる。演技も上手かった。
でもそれだけ。脚本がキャラクターの説得力を欠いていた。脚本が悪かったと思う。

私は原作は読んでいないが、一緒に観た人は読んでいて、
原作のほうが個々のストーリーに味があって良かったと言っていた。
でも彼は宮崎あおいが可愛かったのでそれだけでも結構楽しめたそう。
私は逆に宮崎あおいのでこっぱちと幼さが気になって、
もうちょっと華と癖のある人を持ってきたほうが
アクセントになって良かったのではないかと感じた。


陰日向に咲く陰日向に咲く
(2006/01)
劇団ひとり

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2008-02-11 22:45 | 映画 | Comment(0) | Trackback(0)
ピピロッティ・リスト「からから」展@原美術館
ピピロッティ・リスト「からから」展
原美術館にて2月11日(月)まで

現代ヨーロッパ美術を牽引するスイス人女性アーティスト、
ピピロッティ・リストの代表作10点が一堂に会した展覧会。
ポップでカラフル、ポジティブ、けれどしっかりと揺さぶりを掛けてくる。

「ダイヤモンドの丘の無垢な林檎の木」。
吉野朔実の『ジュリエットの卵』のラストシーンを思い出した。
ミナト、世界は美しい― ヒロインが世界との有機的な繋がりに覚醒し、再生する瞬間だ。
本当に美しいインスタレーションだった。
光を通し、少しきらきらと光るオーナメント、
あたたかみのある色合いの映像が動く壁に映るシャープな影。

「あなたの宇宙カプセル」。
美術品の輸送用の箱の内部に、ミニチュアサイズの部屋と宇宙が設えてある。
上から覗き込んで鑑賞する。
オノ・ヨーコの『グレープフルーツ・ジュース』の本もミニチュアになって床に放られている。
手が込んでいる。
藤子Fみたいな、SF(すこしふしぎ)の味わい。

他の作品もどれもとても面白かった。
どれも少し浮遊感みたいなものがある。

参考:MAP(=文化庁メディア芸術プラザ)のHPによる展覧会紹介と解説
http://plaza.bunka.go.jp/museum/oste/vol8/

しかし原美術館はいつ行っても若いカップル率が高い。
今回の展示も、デートで行って凄く楽しめる内容じゃないでしょうか。
美術館自体が元個人の邸宅だけあって、親密な雰囲気だし。
同じ邸宅でも目黒の庭園美術館ほど浮世離れしていないのがいいバランス。
併設「カフェ・ダール」もお庭に面して、いかにもデート向き。


ジュリエットの卵  【コミックセット】ジュリエットの卵 【コミックセット】
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吉野 朔実

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2008-02-08 12:11 | 展覧会 | Comment(0) | Trackback(0)
NODA MAP 第13回公演「キル」
NODA MAP第13回公演「キル

「夢の遊眠社」解散後、1年間の英国留学を終えた野田秀樹が発表した
帰国第一作が「キル」(1994年)。
NODA・MAPの第1回公演であった。
再演を重ね、今回は3回目、10年ぶりの上演。
モンゴルの英雄ジンギスカンの侵略と制圧の史実を
ファッション業界の攻防に見立てた奇想天外な物語になっている。
野田らしい、次元を行き交う複雑でダイナミックな構造。
幾重にも重なった意味が、歴史ぜんたいから現代へとメッセージをたたみかけてくる。
そして、タイトルでもある「キル」「着る」「切る」「KILL」という野田お得意の言葉遊び。
今回は妻夫木聡と広末涼子を中心に全キャストを一新。

最終日近かったためか、妻夫木くんは声がかすれ気味。気になる。
でも演技の緊張感は途切れることなく、何より存在感が生々しく、且つ華やか。
いい役者さんだなと思う。
うまく物語全部を一身に集めている。
彼が演じるテムジンを通して物語は時空を越え広がる。
広末、のびやかで可愛らしい。役に似合ってる。
ただ、動きは若々しいがオペラグラスを覗いて見ると、
目の下の隈の濃さ深さにちょっとぎょっとする。疲れてる? 
高橋恵子は優雅で母性的な強さがある。この女優二人の対比が鮮やか。
野田、「老け子役」というあり得ないファンタジーを実現。
要所要所できっちり魅せ、たまに気を抜いている。老獪。
昔ほどはきゃぴきゃぴ動かないように思う。

「流行病にかかった人間は、身体は消えて服だけが残る」
…服って何だろう、本当の自分って何だろう。
それは所謂「自分探し」の「自分」ではなくて、
人間ぜんたいの歴史であり思想であり、
人間の可能性であり愚かしさ(過ちを犯す可能性でもある)でもあり…

人間ひとりは、歴史の中での存在となると、とても小さいけれど、
とても有機的に繋がっている。
そんなことを考えた。

面白かったけど、今これを再演する意味ってなんだろう。とも思った。
2008-02-01 15:15 | 演劇・公演 | Comment(0) | Trackback(0)
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