エスワイルの「カフェ・ルーロー」
文京区春日にあるエスワイルは、秋限定のモンブランが人気の洋菓子店で、
確かにこのモンブランと生クリームは、のたうつほど美味しい。
分量が多すぎるという人もいるけれど
私は甘いものは心ゆくまで食べたいし食べられるタイプ。
小川町から春日に移転する前から我が家の定番だったので
もう何年になるだろうか。
毎年、ここのモンブランを食べると、
ああもう去年のモンブランから一年経ってしまったのかと、時の流れの速さを思う。

それで秋以外は何があるかというと
シュークリームやサヴァランといった
茶色っぽい地味な洋生菓子とこれまた地味めの焼き菓子。
ラインナップも基本的には殆ど変わらない。
どれも美味しいのだけれど、いつも必ず買うのは「カフェ・ルーロー」。
コーヒー色のスポンジにバタークリームが巻かれている。

バタークリームは苦手な人も多いが、
私の母はバタークリームを作るのがとても上手で
良質の含塩バターを使った白い固めのバタークリームは子供の頃から大好きだ。
母の甘じょっぱい加減のバタークリームは、他のどこのクリームより美味しいと思う。

でもエスワイルのバタークリームもなかなかどうして。
なめらかで、乳っぽくて、ちゃんと塩が効いている。
冷やして食べるとクリームが固くて、口の中でゆっくり溶かして楽しむ。
コーヒー香るスポンジもとても美味しい。
ロールの巻き方は、最近多いぼってりと大きく巻くロールではなく
薄くスライスしたスポンジ生地に丁寧にクリームがくるくる巻いてある。
春日に移転したすぐ後くらいに、一度クリームの量が激減して、
巻き方もいい加減になった時期があったけれど、あれは何だったのだろうか…
今はいつでも綺麗に巻かれたロールが買えます。

スポンジはうっかりしているとすぐ乾くので、
食べる分をスライスしたら、あとは丁寧にラップで包んでおき、早く食べきること。

ew
2008-01-30 11:03 | おいしいもの | Comment(2) | Trackback(0)
北川健次 『モナリザ・ミステリー』
「モナ・リザ」ミステリー「モナ・リザ」ミステリー
(2004/12/22)
北川 健次

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版画家、北川健次が美術家としての直感と
常識を覆す斬新な分析によって、独自のモナリザ論を展開。

鋭い閃きと精力的な探究。
感覚的な作業と知的な作業でもって、
せめぎ合うようにして謎解きをぐいぐい引っ張っていく。

しかし北川さん自身、本業は美術家でありながら、文章力がありすぎるのだろう。
巧みなレトリックは時に邪魔くさい。
修辞がくどすぎて、言いくるめられ騙されてゆくような気持ちになるので、
常に警戒しながら?というのも変だけど、
世界に浸りきって物語に寄り添えないまま読了。
もう少し淡々とした文章の方が、反ってのめり込みやすかったと思う。

好みの問題だと思うので、こういう技巧的な文章が好きな人は抵抗なく浸れると思う。
私も、別に技巧的な文章が嫌いなわけじゃないのだけれど…

2008-01-24 22:22 | | Comment(0) | Trackback(0)
黒柳徹子・岩合光昭 『パンダ通』
パンダ通 (朝日新書 73)パンダ通 (朝日新書 73)
(2007/10/12)
黒柳 徹子/岩合 光昭

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元祖パンダ研究家の黒柳徹子と野生動物写真家の岩合光昭の共著。

たくさんの写真(可愛い!)と、黒柳徹子のエッセイ、
そして巻末には黒柳徹子×岩合光昭の対談。
この対談が白眉で、
実際にパンダに接しての豊富な体験談や知識は勿論だが、
視点や考え方から、本当にパンダ好きでパンダ通のおふたりだなあと思わせられる。

「パンダの部位だとどこが一番お好きですか?」
「やっぱりお尻から足にかけてですかしら」
みたいな展開。
パンダの鳴き真似とかも、「それ似てますねえ」とか言い合って、
文章なんだけど、なんだかほのぼの笑えます。

黒柳さんはパンダの赤ちゃんに接した時に
「なんだか神聖っていうの?
…なんか触っちゃいけないんじゃないかなあっていう感じがして」
とうとう触らなかったことがあったそう。

私にとって、黒柳さんは幾つになっても可愛くて元気で自由で大好きな人。

岩合さんがパンダのリンリンが凄い素速さで駆け寄ってきたエピソードを披露すると
黒柳さんはすかさず「じゃあ、マングースくらいの速さで来ました?」
ってなんでそこでマングースが…っていうような自由さで、
(前後にマングースの話題があったわけではない)
でも岩合さんも「マングースかどうかは、分からないけど、速かったですね」
と平然と返していて、良いリズム。


NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2006年 07月号 [雑誌]NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2006年 07月号 [雑誌]
(2006/06/30)
不明

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もう写真が死ぬほど可愛い。
2008-01-23 09:26 | | Comment(0) | Trackback(0)
山崎ナオコーラ『人のセックスを笑うな』
人のセックスを笑うな (河出文庫)人のセックスを笑うな (河出文庫)
(2006/10/05)
山崎 ナオコーラ

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第41回文藝賞受賞作。
永作博美と松山ケンイチの主演で同タイトルで映画化され、先週末より公開されている。
日曜日に見に行こうとお昼頃シネセゾンへ行ったら、チケットは夜の回まで売り切れていた。
そのうち必ず観るつもり。

それで原作小説、山崎ナオコーラ『人のセックスを笑うな』。
みるめ君が可愛い。
ナイーブで、でもどこかドライで、とても現代的。
大学生になって、初めて恋らしい恋をし始めた頃、
好きになったのはこういう人だったなあと思い出すようなキャラクター。
最近の男の子ってこんなですよね。
女の子とは違うけど、「女の子っぽい」。

幾つになっても真剣に恋をしている時の人間というのはそうだと思うけど、
一生懸命で、全力で感じて全力で悩んで、全力で愛して、全力で取り繕って、
だから滑稽で恥ずかしい。傍で見ていると赤面する。
それを「人のセックスを笑うな」、
映画版ではサブで「Don't laugh at my romance」と付いてより分かりやすくなってるけど、
ユリとみるめはこっ恥ずかしいけど、それは実は読んでいる自分にも身に覚えのある狂い方で、
ただ人ごとだと笑ってはいられないのだ。

「しかし恋してみると、形に好みなどないことがわかる。
好きになると、その形に心が食い込む。そういうことだ。
オレのファンタジーにぴったりな形がある訳ではない。
そこにある形に、オレの心が食い込むのだ。」

そういうのって、恋をしている恥ずかしい時期には
それを認めることが恥ずかしいことだと分かっていても
心からそうだと共感してしまうものだ。

ユリに去られ、みるめ君は泣きながら思う。
「もし神様がベッドを覗くことがあって、
誰かがありきたりな動作で自分たちに酔っているのを見たとしても、
きっと真剣にやっていることだろうから、笑わないでやって欲しい。」

そして泣いて不貞腐れてひとつ悟るのだ。
「この寂しさやストレスはかわいがってお供にする。
一生ついてきたっていいよ。」


山崎ナオコーラは文章が巧い。
本書も、受賞した折に存在は知ったものの、
ペンネームとタイトルがアレなのでしばらく敬遠していたけれど、
本を手に取ってみようと思ったのは、朝日新聞で連載していた
「指先からソーダ」というエッセイの文章がとても良かったからだ。
奇をてらわず、でもとても個性的で素敵な言葉遣いだったのだ。

この『人のセックスを笑うな』は、句読点は多いし、行変えは多いし、
すかすかしていて、正直こういう文章にはあまり良い印象を持たないのだが、
読んでいると、とても楽しかった。
少ない言葉が、新鮮に紡がれていて、幾度となく、はっとさせられる。
表現も、差し込む情景描写も、独特の組み合わせで繰り出されるのだ。
あっという間に読めてしまう、その中に、大切なものは上手に組み込まれている。
瑞々しくて、痛くて、生々しいけれど清潔で、爽やかな読後感。
2008-01-22 08:58 | | Comment(0) | Trackback(0)
「ベティ・ペイジ」
ベティ・ペイジ
原題: THE NOTORIOUS BETTIE PAGE
製作年度: 2005年
製作国: アメリカ
上映時間: 91分
監督: メアリー・ハロン
出演: グレッチェン・モル他

シネマライズにて鑑賞。

今なおファッション、カルチャーに多大な影響を与え続ける
伝説のピンナップ・ガール、ベティ・ペイジの数奇な半生を映画化。
1950年代、セックスは語ることもタブーだった時代、
ベティ・ペイジはヌードやボンテージなどの過激なファッションで
グラビア界に旋風を巻き起こした。
セクシーさとは裏腹に、無邪気な笑顔で嬉々としてポーズをとる彼女は
世界中の男たちを虜にした。
しかし、彼女はたった7年で表舞台から忽然と姿を消してしまう…。


眠い映画だった。
一緒に見に行った人はほぼ眠っていた。

ベティ・ペイジの信仰心と、ヌードになることへの抵抗の無さの矛盾を説明できていない。
ベティの心境の変化が全編を通してよく分からず、
置いてけぼりのまま起伏の無い物語が進む。
主演のグレッチェン・モルは可愛いし、50年代の衣装も素敵で、
ビジュアル的には楽しい要素もあるけれど、それでは1時間半は持たない。
ソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」も同じライン上にある映画だと思うが、
あれは観客がアントワネットの思いに寄り添えるように作られている。

ベティは、ただ人が喜んでくれるからと服を脱ぐ。馬鹿?
父親からの虐待(おそらく性的な)や誘拐・暴行の体験などが
影響しているのかと深読みするべきなのか。
だが、その辺が繋がって描写されているわけではないので、無理があるように思う。

田舎から出てきた少女がNYでモデルになり、周囲に流されてヌードになり、
それは人間の欲望によって貪欲に消費されたが、
グラビア業界は倫理的な糾弾を受け、モデルの仕事は無くなってしまった。
仕事の無くなったベティは、海辺で男を引っ掛けたりしていたが、
ふらりと入った教会で「説教や賛美歌を聴いて自分が高められたように感じ」、
信仰の生活へと戻っていく。
ベティは邪悪ではないが、馬鹿としか思えない。
「神様がモデルの才能をお与えになったから」
「神様がモデルはもうしなくてよいと仰ったから」
これが信仰なら、信仰って何なのか。

ラストにマイアミの協会で啓示?を受けるシーンはギャグかと思ったほど唐突。
ただ、史実としては、ベティ・ペイジは後に狂信者になり、
3人を刺して殺人未遂に問われた上
精神病院に収監されるという破滅的な道を歩むので、
その前振りと考えればブラックながらも面白い「目覚め」のシーンではある。
ただし、そういったベティの後半生について映画は何ら示しておらず、
清きキリスト教徒となったベティの姿で明るく終わる。
意味が分からない。

30分のテレビ番組程度に纏めたら良かったんではないか。


ザ・リアル・ベティ・ペイジ―伝説のピンナップ・ガールの知られざる真実ザ・リアル・ベティ・ペイジ―伝説のピンナップ・ガールの知られざる真実
(2000/10)
リチャード フォスター

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マリー・アントワネット (通常版)マリー・アントワネット (通常版)
(2007/07/19)
キルスティン・ダンスト、ジェイソン・シュワルツマン 他

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2008-01-21 14:08 | 映画 | Comment(0) | Trackback(0)
鎌倉「紅谷」のクルミッ子
おいしいもの。
鎌倉「紅谷」のクルミッ子。 

紅谷は鶴岡八幡のそばにお店を構える、創業50年の老舗のお菓子屋さん。
どれも手作りで美味しいけれど、中でもこのクルミッ子は味もビジュアルも素敵。
胡桃のたっぷり入ったキャラメルをクッキーで挟んである。

基本的に取寄せるけれど、時々デパートでも見かける。
先日、日本橋三越の地方銘菓特集で偶然見かけたので買ってきた。
胡桃のごそごそ感と渋みがしっかりしていて大好き。
あくまで胡桃メイン。キャラメルのほろ苦い甘味も上手な引き立て役。
包みのリスが本当に可愛くて、ひとつだけコーヒーのソーサーに添えて出したりすると和む。
ひとくちサイズで個別包装なので、お土産にもとても便利。

beniya
2008-01-17 09:21 | おいしいもの | Comment(0) | Trackback(0)
陶芸家を訪ねる
山中湖のそばに工房兼ギャラリーを構える陶芸家のご夫婦を訪ねる。

母と叔母と私の3人で、交代でハンドルを握る。
冬晴れで、往路はずっと富士山が見えていた。

叔母と母は何度もお邪魔しているが
私は彼女らがその度に買ってくる作品しか見たことが無く、
今回が初めての訪問。

ギャラリーは三方が窓になっており、出窓に作品が並び、
その向こうには林と小さな流れが見える。
作品を解説してもらいながら、一点一点ゆっくり拝見する。
どれも本当に素敵。
少しグロテスクだったり、なまめかしい風合いもある。
お昼をご馳走になり、工房を見学させてもらい、
また作品を吟味して、3人それぞれ考え抜いた1、2点を選び、包んでもらった。
私は身の丈にあったサイズと価格のものを、母のアドバイスも聞きながら。
叔母と母も、それぞれに合ったものを。

最近、陶芸や骨董に興味が向いてきていて、
その方面の知識の必要性を感じている。
「虚心坦懐に見る」とは言うけれど、
それは深い教養や知識があることが前提で、
そういう人にとっては、時には先入観を捨てて見ることが
有意義であるという意味だ。
知識無しであらゆる鑑賞が成立するとは私は思わない。
「感じるままに受け止める」というのも大切なことだけれど、
もっと知った上で、もっと見たい、と改めて思った一日だった。

今回は知識が無いなりに、フィーリングで選ぶ。
d

2008-01-16 11:40 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
「グミ・チョコレート・パイン」
グミ・チョコレート・パイン」 
監督: ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演: 石田卓也、黒川芽以ほか
製作年度: 2007年
上映時間: 127分

テアトル新宿にて鑑賞

大槻ケンヂの同名の自伝的小説をケラリーノ・サンドロヴィッチが映画化した青春ドラマ。
「自分は人とは違う何かがある」と信じながら、
サブカルにはまり、悶々とした日々を送る高校生たちの恋と友情を描く。
エンディングテーマ『少年ヤング』は電気グルーヴによる書き下ろし。


やや間が長い。
間を味わえという要求にちょっと疲れるが、
原作の雰囲気に忠実に作られていて楽しかった。
美甘子の狡さは、原作より可愛く賢いイメージで上手くまとめたと思う。

峯田くんが歌ってる。
「あいつらが簡単にやっちまう30回のセックスよりも、
『グミ・チョコレート・パイン』を青春時代に1回読むってことの方が、
僕にとっては価値があるのさ。」
(銀杏BOYZ「十七歳(…cutie girls don't love me and punk.)」より)

私が原作を読んだのは大学生になった頃だった。
自分には特別な何かがあるはずだと思ってたけど、
実はそうでもないらしいと薄々気付き始めた頃だった。
おおまかなストーリー以外、内容はよく覚えていないけど、一気に読んだ。
私は女の子だったけど共感したし面白かった。
あの頃はオーケンが大好きで、「I STAND HERE FOR YOU」なんか聞くと
オーケンの優しい声と歌詞に涙が出た。
「ののの唄」「あのさぁ」なんか本当によく聴いた。
いつかこういう風に優しく語りかけてくれる人に巡り合うことを願っていた。
絶望と背中合わせに、憧れもまた凄く強い時期だった。この映画もそういう話だ。

今はすぐ死にたくなったりしないし絶望とは距離があるし、
反対に焼けるような憧れも無いけど、
ぼんやりと普通に幸せで、これでいいと思う。
年寄りじみているけど、今グミチョコの勢いで悩んでいたら仕事にならない。
そういう自分を再確認してしまう映画だった。


グミ・チョコレート・パイン グミ編 (角川文庫)グミ・チョコレート・パイン グミ編 (角川文庫)
(1999/07)
大槻 ケンヂ

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グミ・チョコレート・パイン チョコ編 (角川文庫)グミ・チョコレート・パイン チョコ編 (角川文庫)
(2000/09)
大槻 ケンヂ

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グミ・チョコレート・パイン パイン編 (角川文庫)グミ・チョコレート・パイン パイン編 (角川文庫)
(2006/11)
大槻 ケンヂ

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3巻に渡る大著だけど、身につまされて読むのを止められなかったという人が多い。
オーケンも、よく途中で投げ出さず書き切ってくれました。


DOORDOOR
(2005/01/15)
銀杏BOYZ

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「十七歳(…cutie girls don't love me and punk.)」収録。


I STAND HERE FOR YOUI STAND HERE FOR YOU
(1995/08/23)
大槻ケンヂ

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名曲揃い。今も慰めが欲しいとき聴く。


アイデン&ティティ―24歳/27歳アイデン&ティティ―24歳/27歳
(1997/11)
みうら じゅん

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アイデン &ティティアイデン &ティティ
(2004/08/27)
峯田和伸、麻生久美子 他

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これも同じように優しく語りかけてくれる一冊だった。ディランの詩が染みる。
映画も良かった。峯田くんの頭がもじゃもじゃで可愛い。

2008-01-14 23:02 | 映画 | Comment(0) | Trackback(0)
「クマグスの森展―南方熊楠の見た夢―」@ワタリウム美術館
「クマグスの森展 ―南方熊楠の見た夢―」
ワタリウム美術館にて
2月3日(日)まで

明治時代の型破りな博物学者、南方熊楠(1867〜1941)の人となりと
思想、研究についての展覧会。
粘菌というミクロの世界から、生態系全般、そして社会まで、
異領域を縦横無尽に駆け巡った熊楠の「ものの見方」を解剖する展覧会であった。

展示は熊楠の海外放浪から始まる。
19才でアメリカへ渡り、その後フロリダ、キューバへ旅行。
ロンドンには8年間滞在。大英博物館などで書籍の写しに没頭。

33才になってようやく帰国、故郷の和歌山の田辺で
数千にも及ぶ菌類(きのこ類)の彩色図譜を作成していく。
このスケッチが、おおらかだが的確で、臨場感があって素晴らしい。

また、民俗学・人類学の論文も精力的に発表した。
その中には人肉食やセクソロジーなど、
従来の民俗学が避けてきたテーマについて先駆的な研究もあった。
柳田国男とも交流があったが、そうしたタブーに切り込む熊楠に対し、
柳田は反対の姿勢を取ったようだ。

更に、「植物の全滅は少しの範囲の変更から一斉に起こる」と生態系への意識を持ち、
環境保全のために、緑地を減少させる神社合祀政策への反対運動に奔走している。

とにかく、観察したことを、植物学や民俗学という枠に捉われず、
広い視野から総合的に考察した人物である。
個々の現象は独立したものとしてあるのではなく、
その関係性が世界を構成しているという考えが熊楠の「ものの見方」に通徹している。
熊楠は、西洋の近代科学と、東洋の思想である仏教の「空」という概念を融合すべく
南方マンダラという思想に至っている。
(これはちょっと展示だけでは分かりづらかった)

森羅万象を見つめ続けた熊楠の感性は、
現代人である私たちにとっても、
世界の解釈、世界との向き合い方について、
非常に重要な示唆を孕んでいる。



クマグスのミナカテラ (新潮文庫)クマグスのミナカテラ (新潮文庫)
(1998/02)
内田 春菊、山村 基毅 他

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私が南方熊楠の名前を知ったのは10年近く前、内田春菊の漫画だった。
今は書棚のどこかに埋もれてしまったが、
分厚い文庫版で、厚さは3,4センチあったと思う。
しかも、内田春菊が担当編集者と喧嘩したからとかで、未完。
明治時代、新しい文学や学問、政治を目指す
若き熊楠の豪放な日々が描かれていた。

熊楠が牛のように反芻ができるエピソードが物凄く印象に残っている…。
それを喧嘩相手に向かって突然吐き出すのだ。
2008-01-13 09:44 | 展覧会 | Comment(0) | Trackback(0)
「ART@AGNES アグネスホテルアートフェア2008」・「松井冬子/Narcissus」展
ART@AGNES アグネスホテルアートフェア2008
アグネスホテルアンドアパートメンツ東京にて
1月11日(金)・12日(土)・13日(日)開催(予約制)

33軒の現代美術専門のギャラリー神楽坂のホテルで開催するアートフェア。
今回で4回目となる。
雨の中、しかもチケットは予約制というちょっと面倒な条件だが、結構な賑わい。
プチホテルの客室を開放するという展示方法は新鮮。
どのギャラリーも、ベッド、バスルーム、テラスも自由に使って小品を中心に並べている。
鑑賞者の動線や、照明などに制約は出るけれど、それを補って余りある面白さ。
ギャラリーの雰囲気、ギャラリストの個性も近く感じることができるので、楽しい。
私が勤めるギャラリーは客層も同業の取引先も年齢層が高いので、
こういうイベントは若いギャラリストが多いだけでも刺激的。
ギャラリストやスタッフの私語や電話の応対、
お客様との話し方などに気になる点はあるものの、
作品解説などを伝える言葉のフレッシュさに、やっぱり若いっていいなあと思う。

所謂「現代アート」は見るのは結構楽しいが、
実際に自宅に欲しいものとなるとなかなか無いのだが、
今回は一目で惹かれたものがあり、ドローイングを2点買う。
大田黒衣美さん。同い年の女性の作家さん。
額装してもらって来月には届く予定。

帰り、九段下の成山画廊で「松井冬子/Narcissus」展に寄る。
成山画廊はアグネスにも参加していたが、
アグネスでは原画は展示しておらず、版画のみの展示販売だった。
こちらでは原画を5点ほど展示。
確かな技術と思索に裏打ちされた凄みがある。
小さいギャラリーなのに込み合っていた。
2008-01-12 17:41 | 展覧会 | Comment(0) | Trackback(0)
「4分間のピアニスト」
4分間のピアニスト
原題: VIER MINUTEN/FOUR MINUTES
製作年度: 2006年
監督: クリス・クラウス
出演: モニカ・ブライブトロイ、ハンナー・ヘルツシュプルング他
上映時間: 115分

シネスイッチ銀座にて鑑賞。


長年にわたり刑務所で受刑者たちにピアノを教えるトラウデは、
ある日、稀に見る才能の持ち主ジェニーに出会う。
反抗的で暴力的なジェニーと、厳格な老女トラウデは、
それぞれ過去にあった辛い出来事に今も苦しんでいた。
2人は牽制し合い、ぶつかり合いながらも
コンテスト出場を目指して厳しいレッスンを続ける。


ブライブトロイとヘルツシュプルングの演技はとても上手かった。
ヘルツシュプルングはピアノもよく練習したと思う。
全編とおして緊張感が途切れることなく、なかなか無い張り詰め方だった。
ストーリーはありがちなので、この映画では、音楽がどれだけ説得力を持つかが鍵となる。
だが、残念なことに実際の演奏も、音楽の描かれ方も、どれも良くなかった。

クライマックスのコンテストのシーン、
確かに圧倒される演奏ではあるのだが、そんなに良くない。
予告編などに編集するには派手で面白いシーンだが、
演奏自体は、個人的には、音楽として美しくないし意味が無いと思う。
感情、魂の叫びをあのようにストレートに演奏するのは美しくない。
それは子供が泣き叫んでいるのと同じだ。
芸術というのは、もっと昇華されたところで魂の叫びを表現するものだと私は思っている。
トラウデもそう思っていたから、ジェニーに「下劣な音楽は禁止よ」と
厳しく言い続けていたのだと思っていたのだが…。
人への憎しみや暴力、そういうネガティブなものを
音楽を通して、1ステージ上へ昇華することが、芸術を通した成長物語の正しい文脈だと思う。
そこを完全に無視した意図が分からない。

ラストの観客のスタンディング・オベーションには違和感を禁じえない。
また、ジェニーの反アカデミックな演奏に絶望し、
演奏の途中で会場を出てワインを一気飲みしてやさぐれていたトラウデが、
最後笑顔になるのも解せない。
観客の拍手喝采に満足したということ?
ジェニーが大衆に受け入れられさえすれば満足なのか?

この映画のテーマである音楽のシーンにあまり配慮がなされていないように感じた。
シューベルトやシューマンの演奏も、悪くは無いのだがインパクトに欠ける。
ちなみに、演奏の吹替えやダブルボディは日本人だそうです。
2008-01-11 09:52 | 映画 | Comment(0) | Trackback(0)
「ペルセポリス」
ペルセポリス
原題: PERSEPOLIS
製作年度: 2007年
監督・原作: マルジャン・サトラピ
上映時間: 95分
製作国: フランス
出演: キアラ・マストロヤンニ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ダニエル・ダリュー他

シネマライズにて鑑賞。

1970年から90年代の激動のイランを舞台に、
どんな時もユーモアとロック魂を忘れない少女の姿を描いたアニメーション。
パリ在住のイラン人マルジャン・サトラピの自伝グラフィック・ノベル(まあ、漫画)を
彼女自身が監督を務めて映画化。
ヒロインとその母親の声を
キアラ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーヴのリアル母子が担当。


ジャスミンの花がふわふわと飛んで行っては
新しい景色を映し出すオープニングがとても素敵。
このジャスミンは、おばあちゃんの香りのエピソードと繋がって、
ラストにも再び登場する。とてもふくよかな印象を残す。

絵は原作の版画のようなきっぱりとした白黒の力強さをよく再現している。
この絵だけでも一見の価値ありだが、
動きもとても良いし、豪華な声優陣の声ともよく合っている。
と思ったら、まず声を録音し、その声に合わせてアニメーションを作ったそうだ。

ヒロインであるマルジは、かなり裕福でインテリの両親のもと、
学校・家庭双方からの恵まれた教育を受け、高度な何不自由なく暮らしていた。
そうした背景から、
「イランの多くの人々が圧制に為す術なく暮らしているのに、
自由を求めて国外へ留学したのに挫折して戻ってきたり、
安易な結婚と離婚をするなんて身勝手だ。
そしてマルジの両親も祖母も、マルジを甘やかし過ぎている。」
という感想も少なくないようだ。

苦しんでいる人が多い国では、
ひとり残らず苦しまなければならないとでも言うのだろうか?
私はそうは思わない。
隣人と共に耐え忍ぶことが唯一の美徳ではないし、
そこにある幸運を享受することは悪いことではないと思う。

弱さは誰にでもあり、挫折を経験しない人などいないはずだ。
傷を癒すひととき、温かく受け止めてくれる家族がいることは、悪いことだろうか?
人生とは、挫折と再生を繰り返して、理想へと歩を進めてゆくものではないだろうか?
それは日本人にとっても、イラン人にとっても同じである。
マルジにとっての理想とは、「いつも自分に公明正大でいること」であった。
その為にマルジはイランを再度脱出した。
そして今、私たちにイランの歴史と社会について教えてくれた。
私たち日本人にとっては馴染みの薄い、イランという国について、
かつてこんなにも近く理解させてくれる作品があっただろうか。
そしてこの映画は、普遍的な共感を呼ぶ、何人かの女性の人生を見せてくれた。
マルジ、その母、そして祖母である。
彼女らは、当時のイランの声無き女性たちの声を代弁する。
その言葉は、遠いエキゾチックな国の遠い言葉ではなく、
私たち女性に共通する根源的なメッセージである。


原作:すごく良い。ちょっと他に無いインパクト。
    これは驚異的な線です。画面構成も芸術的。
    グラフィックとしても、読み物としても。
    イランとその周辺国についての勉強にもなる。

ペルセポリスI イランの少女マルジペルセポリスI イランの少女マルジ
(2005/06/13)
マルジャン・サトラピ

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ペルセポリスII マルジ、故郷に帰るペルセポリスII マルジ、故郷に帰る
(2005/06/13)
マルジャン・サトラピ

商品詳細を見る
2008-01-10 09:47 | 映画 | Comment(1) | Trackback(0)
「チャプター27」
チャプター27
原題: CHAPTER 27
製作年度: 2007年
製作国・地域: カナダ/アメリカ
上映時間: 85分
監督: J・P・シェファー
出演: ジャレッド・レト、リンジー・ローハン、ジュダ・フリードランダー他

シネクイント渋谷にて鑑賞。


1980年12月8日に起きた、ジョン・レノン殺害事件の再現?風の一本。
殺害犯マーク・デイヴィッド・チャップマン本人に取材した「ジョン・レノンを殺した男」を基に
彼が凶行に及ぶまでのニューヨークでの3日間の経緯を描く。


この映画で何がしたかったのか全然分からない。
そして無意味である一方、この映画は無害なわけではなく、
ジョンの遺族やファンにとっては見るに忍びない、耐え難い映画と言えよう。
私がオノ・ヨーコだったらとても憤慨するし傷付くだろう。

オノ・ヨーコが「PEACE BED アメリカ VS ジョン・レノン」の解説で、
「ジョンについて多くの映画や特別番組の企画が持ち込まれる。
けれどそれらにはジョンの遺志と正反対だったり、
単なる興味本位だったり、酷いものが多い。
だから、そういう企画にレノン・オノ・アーカイブの資料を提供することに
自分はとても慎重である。」
という意味のことを語っており、その言葉の意味がよく分かる映画だった。
(オノは「チャプター27」には協力していない。)


カメラはべったりとただチャップマンを追う。
このチャップマンが、あの美しいジャレッド・レトが演じているとは信じがたいほど、
本当にきもちわるい。見ているだけでいらいらさせられる。
とにかくチャップマンが異常者であることは伝わるが、
映画は犯行に至るまでの彼の心理に踏み込まず、
ただ本当にカメラで追うだけである。
肝心の『ライ麦畑で捕まえて』の誤読についても曖昧さを残している。
本作のタイトル「チャプター27」は
『ライ麦畑で捕まえて』が26章から成る作品であることから、
チャップマンにとっての愛読書『ライ麦畑で〜』の最終章は
ジョン殺害であったということなのだろうけれど、
なぜそうなっちゃったのか、どう間違えていったのか、
映画を見ただけではとても納得できない。
映画なんだから、演出でその辺を明確にしなくてどうする。

チャップマンをただの変質者として距離を置いて描いているので、
当然観ている側には変質者の気持ちなど分からない。
反抗に至る心理的な文脈を見せてくれないので、
「変質者がジョンを殺した」という、既に誰もが知っている事実しか残らない。

リンジー・ローハン演じる少女は、
チャップマンときちんとしたコミュニケーションを持つこともなく、
チャップマンの犯罪に影響を与えたわけでもなく、何しに出てきたのか。

美しいジャレッド・レトが30キロも増量してチャップマンになり切って見せたことは凄い。
しかし残念ながら、それはこの映画自体の価値を上げることにはならない。
だって本当に中身が無い映画なんだもの。
彼自身の増量した役者根性は賞賛に値する。
それがこんな映画で、気の毒としか言いようがない。

2008-01-09 20:37 | 映画 | Comment(0) | Trackback(0)
「マグナム・フォト 世界を変える写真家たち」
マグナム・フォト 世界を変える写真家たち
原題: MAGNUM PHOTOS - EIN MYTHOS ANDERT SICH/MAGNUM PHOTOS: THE CHANGING OF A MYTH
出演: アンリ・カルティエ=ブレッソン、マーティン・パー、ルック・ドラエ他
製作年度: 1999年
製作国: ドイツ
上映時間: 89分

東京都写真美術館にて鑑賞。 


ロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソンら4人の写真家によって
1947年に設立された写真家集団「マグナム・フォト」。
彼らはフォト・ジャーナリズムの旗手として次々と注目を浴びる作品を発表していき、
やがてマグナムに参加することは、報道写真家たちの名誉となった。
フォト・ジャーナリズムはこれからどこへ行くのか。
そして新しい感覚を持った写真家たちをマグナムはどう受け止めていくのか。
カメラはその姿を追っていく。

洒落者であったキャパが大好きだったシャンパンの大瓶をマグナムということから命名されたという。
それは、新聞社でもなく、通信社でもないし、写真家組合でもない。 
実態としては、写真家である会員自らが出資して運営される写真エージェンシーである。

現在はニューヨーク、ロンドン、パリ、東京に支社を持つ。
創設者たちは、世界で初めて、
「写真の著作権は撮影した写真家に帰属する」
という原則を打ち立てた。
掲載媒体によって作品に勝手なトリミングをされたり、
編集者に急かされたり撮影期間を制限されることの無いよう、
写真家の権利と作品を守り、写真家主体で、
納得のいく仕事をできる基盤を確保したのがマグナムの重要な功績であろう。

一方で、時代の変遷と共に写真の持つ意味合いにも変化が生じ、
写真家のスタンスも多様化してきた。
マグナムという伝統ある組織と、所属する写真家たちとのジレンマもあるようだ。
マーティン・パーの加入審査では「作品が皮肉的すぎる」
と票が割れたエピソードが語られる。
ドノヴァン・ワイリーは異例の若さでマグナムに加入が認められたが、
年配の写真家たちからことごとく「失礼なことを言われた」と語る。
ルック・ドラエはこの映画のインタビューの後、
自らの信条を理由にマグナムを離脱している。
創設からの60年という時間は、報道の媒体を大きく変え、
それがマグナムという集団にも変化を促していることが分かる。

また、マーティン・パーの皮肉的な写真の取り方を追った映像では、
パー自身のコミュニケーション能力の高さに感心する。
彼が被写体となる人に「撮ってもいい?」と近く親しく迫っていく自然さから、
彼の作品の皮肉が、冷たいものではなく、楽しく人間的である理由が分かる。
彼の写真はとてもハイセンスでファッショナブルだが、この映画を見ると、
パー自身はよれよれのジャンパーでゆるいビジュアルなのが意外で面白かった。

この映画が製作されたのは1999年なので、ラストのおいしいところで
御大アンリ・カルティエ=ブレッソン(2004年死去)が登場。

昨年日本でも公開された「アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶 」は
ドラマティックで、華があって、映像がなんともエレガントで面白かった。
ブレッソン自身がエレガントで茶目っ気がある人物であったせいもあるだろう。

アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶
(2007/04/04)
アンリ・カルティエ=ブレッソン、エリオット・アーウィット 他

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それと比べると、本作は映画としては映像にメリハリや華が無く、
残念ながら、わざわざ映画館で見るほどの一本とは言えないと思う。
パンフレットも無いし(「瞬間の記憶」ではハードカバーのミニブック式の素敵なパンフだった)、
フライヤーも拍子抜けするほど簡素で、センスも特に良くない。
映画としてではなく、記録映像として残したいと考えて製作した映画なら、
紙媒体でももう少し情報を盛り込んだ方が良いと思う。

2008-01-07 09:39 | 映画 | Comment(0) | Trackback(0)
一の蔵 発泡清酒 すず音。
おいしいもの。
一の蔵 発泡清酒 すず音。

宮城県産のお米を100%使用した、発泡性の純米酒。
にごり酒タイプなので、スパークリングワインよりもったりとして、
甘酒みたいな後味が残る。
しゅわしゅわぱちぱちする泡が鈴の音みたいだから「すず音」だとか。
泡がはじけて、お酒のいい匂いがする。

初めていただいたのは、知人のホームパーティーで。
すごくお酒が好きなご夫婦が「これ、よきこさんはきっと好きだと思う」
とわざわざ薦めてくださったもの。
あんまり美味しかったので、美味しい美味しいと言っていたら、
何かにつけお土産に下さったりするようになった。
この年末も戴いた。嬉しい。
もちろん自分でも買います。
鮮度が命なので、冷蔵庫で保存しないといけないので、少しづつ買います。

パーティーで飲むのもいいけれど、
平日だけど、ちょっと飲みたい時など、これ一本ゆっくり飲むと結構満足。
かなり甘くて軽いので、つまみが無くても楽しめるけど、
甘いものと一緒だと満足感が増すような気がする。
チーズケーキなんか合います。
まだ週の半ばとかで、既に疲れてる自分を甘やかしたいときに。

一ノ蔵 発泡清酒「すず音」 300ml

2008-01-05 08:01 | おいしいもの | Comment(0) | Trackback(0)
梨木香歩『ぐるりのこと』、他の梨木の作品
ぐるりのことぐるりのこと
(2004/12/22)
梨木 香歩

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梨木香歩のエッセイは、誠実すぎて時々ついていけなくなる。
梨木は曖昧な問題に立ち向かい、際限なく考え続ける。
彼女は一貫して、「多様性そのものを生きる」というスタンスを取っており、
物事を一概に括って言い切ることを決してしない。
彼女は微妙な差異に敏感で、言葉の選別に関しては、充分すぎるほど慎重だ。
とても微妙なところまで見極めたがる感性で以って観察し、
それを精密に言いそうと努力するから、言葉が粘り強く重ねられ、
説明は複数の角度から試みられる。
一方で、どうしても曖昧な言葉でしか言い表せないこともある。

そして縦横無尽に物事を繋げてゆく、豊かな思考力と感性がある。
連想ゲームの如く、話題は次々と転換するので、読者は振り回されることになる。
生垣の話からイスラム女性のヘジャーブへ、
ヘージャーブから今度は藤原旅子のお墓の話へと話題は繋がっていく。
考えを常に固めず、流動させている。
結論を座標軸のどこにも固定せず、漂わせている。
梨木は、正しい場所、安全な場所(それはいつも同じ場所とは限らない)へと
一生懸命についていこうとする、それが時に読者をいらいらさせる。
際限が無い。結論を求めたくなる。

文学部の修士課程で経験した、執拗でまだるっこしい原書の読み合せを思い出す。
ひとつの用語に引っかかると、そこで丁寧な考察が始まって、話が拡がって、
それはなかなか面白いのだが、いつまで経っても授業は足踏み状態なのだった。

じっくり考えるゆとりがあれば、じっくり考えながら読みたい一冊ではある。
誠実な思考であるし、文章も巧い。


エッセイに比べて、梨木の本職である児童文学にはとりあえずの「キリ」がある。
その物語を紡ぐにあたり、梨木はその世界に対して、何らかの焦点を与え、
その焦点を軸に、複雑さを解きほぐし、明晰化して提示してくる(端折ったり、単純化するのではない)。
だから安心して読めるし、それでいて梨木特有の瑞々しい揺らぎがきちんとある。

りかさんりかさん
(2003/06)
梨木 香歩

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西の魔女が死んだ (新潮文庫)西の魔女が死んだ (新潮文庫)
(2001/07)
梨木 香歩

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どちらも主人公の少女に新しい世界の見方、対処の仕方を示唆するおばあちゃんが登場する。
梨木香歩の描くおばあちゃんは好い。


春になったら苺を摘みに (新潮文庫)春になったら苺を摘みに (新潮文庫)
(2006/02)
梨木 香歩

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これもエッセイだが、『ぐるりのこと』より、まだこっちのほうが読みやすい。
2008-01-04 09:44 | | Comment(0) | Trackback(0)
「PEACE BED アメリカ VS ジョン・レノン」
PEACE BED アメリカVSジョン・レノン
原題: THE U.S. VS. JOHN LENNON
監督: デヴィッド・リーフ
出演: ジョン・レノン、オノ・ヨーコ他
製作年度: 2006年
上映時間: 99分

新宿ジョイシネマにて鑑賞。

ジョン・レノンの平和主義者としての歩みをとらえたドキュメンタリー。
彼の妻であり、ソウルメイトでもあったオノ・ヨーコへのロングインタビューや、
交流のあったブラック・パンサー党員ボビー・シールらの肉声が彼の真の姿を伝える。
ベトナム戦争を継続しようとするニクソン政権は、
大スターであるジョンの反戦運動の影響力を脅威と見なし、
ジョンとヨーコを盗聴・監視し、ついには国外退去命令を下す。
有名なベッド・インなどの反戦パフォーマンスや、反戦を歌う数々の名曲。
そしてFBIまで介入していたジョンへの異常な監視という知られざる事実が明らかになる。


ヨーコがドキュメンタリー映像の中で、次のように語っている。
「ネガティブな事実について語ったり、批評をしているよりも、自分で何かした方がいい」
これこそが、この映画のメッセージの最たるもののひとつだろう。
この映画は、「WAR IS OVER (IF YOU WANT)」という言葉についてもっと考え、行動すべきだと言っている。
今、世界はベトナム戦争を繰り返しているが、若い世代である私たちは、あの頃のように行動していない。
この状況が良くないことは知っているが、何もしていないのだ。

「僕らの仕事は希望があると伝えることだ。
変革の可能性を訴えてみんなの意識を変える。
フラワーパワーは失敗したが、まだ革命は始まったばかりだ。
変わり始めたところだ。
若者たちは無関心に“どうせだめだ”と考える。
何が出来るか彼らに伝えたい。(ジョン・レノン)」

ジョンが伝えたいと思ったこと、それが「WAR IS OVER (IF YOU WANT)」なのだ。
ジョンはもういない。
けれど映画や音楽を通して、私たちはジョンの遺志に触れることができる。
WANTという意思を持ち、そのために出来ることをしなさい。
このとてもシンプルなメッセージを、今この時に蘇らせた本作は、とても意義ある作品だと思う。


ジョン・レノンは誰に殺される?<モーション・ピクチャー・サウンドトラック>ジョン・レノンは誰に殺される?<モーション・ピクチャー・サウンドトラック>
(2006/11/01)
サントラ、プラスティック・オノ・バンド ジョン&ヨーコ 他

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The ジョン・レノン CollectionThe ジョン・レノン Collection
(2002/03/27)
ジョン・レノン

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拝啓、ジョン・レノン拝啓、ジョン・レノン
(1996/06/21)
真心ブラザーズ

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「拝啓、ジョン・レノン
あなたがこの世から去りずいぶん経ちますが
まだまだ世界は暴力にあふれ平和ではありません
僕があなたを知ったときは
ブルース・リーと同じようにこの世にあなたはいませんでしたね
10代中頃でファンになってから一番かぶれていた二十歳の頃
ジョン・レノン あのダサいおじさん ジョン・レノン バカな平和主義者 
ジョン・レノン 現実見てない人 ジョン・レノン あの夢想家だ

拝啓、ジョン・レノン
僕もあなたも大して変わりはしない
そんな気持ちであなたを見ていたい
どんな人でも僕と大差は無いのさ
拝啓、ジョン・レノン
そんな気持ちで世界を見ていたい
雨も雲も太陽も時間も目一杯感じながら僕は進む…」
(真心ブラザーズ「拝啓、ジョン・レノン」より)

ジョン・レノンが凶弾に倒れたのは1980年。私が生れた年だ。
それでも彼の音楽は、ビートルズとしても、ジョン・レノンとしても、親しみ深いものだ。
両親がよくレコードでかけていたからだ。
親しみ深いが、リアルタイムでは知らない、微妙なよそよそしさと憧れがある。
我々世代のジョンへの憧れや尊敬の切ない感覚は、
真心の「拝啓、ジョン・レノン」がよく表している。
あなたが凄いことは分かってる、でも私たちは、あなたにばかり頼らず、今を生きなければならない。
2008-01-03 09:03 | 映画 | Comment(0) | Trackback(0)
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