E.M.フォースター 『眺めのいい部屋』
眺めのいい部屋 (ちくま文庫)眺めのいい部屋 (ちくま文庫)
(2001/09)
エドワード・モーガン フォースター

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「お嬢さん、あなたは歳の行った人の言うことを耳にして、そっくり真似して喋っていますね。
自分を堅物のように見せているが、あなたは実際はそうではない。
そんな下らない態度はお止しなさい。
そしてこの聖堂の何が見たいのか言ってごらんなさい。
あなたをそこにお連れするのはほんとうに嬉しいのですよ。」

(『眺めのいい部屋』 第二章より)

E.M.フォースターによる、この上なく豊かなロマンス。
1907年、まだ封建的な風潮が強かった時代。
イギリスの令嬢ルーシーは、イタリアのフィレンツェを訪れる。
開放的な彼の地で、繊細で情熱的なイギリス人青年ジョージと出会う。
ジョージへの想いを自覚しないまま帰国したルーシーは
貴族の青年と婚約するが…。

自己発見、自我の目覚め、真実の愛。

慣例や迷信、形骸化した慎み深さの陰に隠れて思考停止し、
自らの若い歓喜の心や、愛情、欲望、肉体、魂が求めるものについて
率直に見据えられないのは、馬鹿げていて、無駄で、不幸なことである。
ルーシーはジョージへの恋を通して、欺瞞を自覚し、そこから脱出する。

ジョージの父、老エマソン氏は超越的過ぎて、キャラクターとしては異様だが、
その言葉は、いつも若いルーシーに真実を教えようとする。
フォースターの作品の魅力はこうした言葉に尽きるだろう。
真摯な態度で、真実に臨み、それを簡潔にして充分な言葉で語る。

「『人生とは、聴衆の前でヴァイオリンを弾くようなものだ。そして君は弾きながらヴァイオリンのことを学ばなくてはならない。』…人は生活をしながら、自分の持っている力の使い方を見つけなければならない、とくに愛の使い方を。」 
(『眺めのいい部屋』 第十九章より)


映画(1986年)も原作にかなり忠実にうまく出来ている。
情景は美しく、登場人物は全員キャラが立っていて魅力的。

眺めのいい部屋 <完全版>眺めのいい部屋 <完全版>
(2003/07/24)
ヘレナ・ボナム・カーター

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2008-06-30 08:01 | | Comment(0) | Trackback(0)
マーシャ・メヘラーン『石榴のスープ』
柘榴のスープ柘榴のスープ
(2006/06)
マーシャ メヘラーン

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1970年代の終わり、イラン・イスラーム革命、流血のテヘランから逃れ
アイルランドの田舎町に辿り着いた三姉妹。
ペルシア料理のレストランを開き、ようやく恐ろしい過去から離れ
閉塞した田舎町に新風を吹き込んでゆく…。

長女マルジャーンが確信を持って繰り出す、官能と癒しのペルシアの郷土料理。
この異国情緒満点の料理の数々が、媒体となり、イランとアイルランドの異文化を交流させてゆく。
冷たく湿ったアイルランドの町に、陶酔を誘うスパイスの香りが漂い、人々を元気づけてゆく。
同時に、思い出の品々やペルシャ絨毯、活気のあるサモワールに囲まれ、ようやく落ち着いた
三姉妹もまた、地元の人々との交流に慰められ、テヘランでの過去を癒してゆく。
そういう、再生の物語だ。
その再生の原動力が、伝統的なペルシア料理の数々で、それを調理する人と
食べる人の双方を力づけている。
各章にペルシア料理のレシピが収録され、料理と、その効能を具体的に想像しながら読める。
食べることは、エネルギーを心身に取り込むこと。生命の源。
読んでいるだけで、香り豊かで、エキゾチック、官能的、どうにも美味しそう。


タイトルにもなっている石榴のスープは、三姉妹にとって忌まわしい記憶を象徴するメニューだが、
ラストではこのメニューも希望の象徴へと姿を変えている。

 ・・・電話を切り、パセリとコリアンダーとミントを刻み始めた。ボウルにハーブを入れ、ラムのひき肉、玉ねぎ、調味料を混ぜる。指のあいだで肉をつぶすと、夏の日に裸足の指のあいだに入る温かな泥のような感触が伝わる。なじんだリズムで混ぜていると、気持ちが落ち着く。熱いスープが入った鍋にミートボールを加える頃には、再び希望が歌っていた。
 ・・・ザクロのスープはその果実のみで生命を吹き込む。しっかり煮込まれちらちらと光る深い紅色になったザクロの汁は、スープに甘酸っぱい味を与え、通常はメインの食事よりも前菜として喜ばれる。マルジャーンの意見では、「冷」(サルド)と「温」(ギャルム)のバランスがこれほど完璧な料理はほかになく、「冷」のザクロとコリアンダー、「温」のラムとグリンピースが釣り合っている。たったいま、バハール(次女)にこのにおいが届いたなら。現実でも想像の上でも、恐れるものなどなにもないとわかるだろうに。

(『石榴のスープ』第十二章より)


また、末娘レイラーが、アイルランドの少年マラキーと、運命の恋に落ちるエピソードが良い。
レイラーの若々しさと前向きさが、物語全体をぐっと引き上げている。

 騒々しい音を聞きつけたレイラーがあたりに注意を向け、店の入口付近を見たとたん、燃えるような感覚に全身を捕らえられた。目の前の通路には、いままで見たこともないような美しい少年がいるではないか。息を吸い込もうとしたが、弱いしゃっくりが始まった――愛に食いつかれた空気を吸って息が途切れたのだ。しゃっくりは、このあとでマルジャーンの有名な飲み物ドゥーグを飲むまで止まらなかった。
 …しゃっくりをしながら姉たちのいる暖かなキッチンへと急いで戻った。そのとき初めて、片方の手のひらに玉ねぎを一つ握ったままであることに気がついた。それは、マラキー・マグワイアの顔を見て驚嘆する前に手にしたものだった。ぎっちり握っていた手をゆるめると、小さな白い野菜が、自分の心のようにカリカリに炒め上げられているのがわかった。
(『石榴のスープ』第二章より)


この物語はフィクションではあるが、筆者のメヘラーンはイラン人で、革命によって祖国を逃れ、
各地を転々とし、アイルランドにも暮らしている。
人々がイランという国を思い浮かべるときにイメージする暗く暴力的な印象とは相容れない、
自分の知っている美しい祖国の姿を本書で表現したかった

とメヘラーンは語る。
全体的にとても豊かで美しく、文化とユーモアに満ちた、栄養満点の作品。

装丁デザインも良い。大切に持っていたいと思わせるような。
カバーの紙は少しざらっとした質感で、開くと表紙の内側は柘榴色。良く合っている。
2008-06-26 08:44 | | Comment(0) | Trackback(0)
イアン・マキューアン『愛の続き』
愛の続き (新潮文庫)愛の続き (新潮文庫)
(2005/09)
イアン マキューアン

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科学ジャーナリストのジョーは気球の事故に遭遇し、その現場で奇妙な青年パリーに出会う。
事件後、パリーはジョーに「愛している」と告げ、執拗に付き纏うようになる。
パリーの異常な愛、主人公ジョーが戸惑い、精神的に苦しむ様を描き出す。

イアン・マキューアンの描写が緻密で執拗で、みっちりしていて、ああ小説読んだなあ、という感じ。
確かな技術と思考で骨太に組まれた小説世界に、どっぷり漬かってしまう。
しつこい描写を追って、じりじりと読み進んでいく楽しみがある。
やはり現代においても小説という体裁を取るからには、しっかりと書き込んで読ませて欲しい。
台詞ばっかりとか、多様し過ぎの口語体とか、既に分かっていることばかり書き連ねるとか、
どこかで聞いた風のセンテンスは、読んでいて白けることもある。
物語をこの手で紡ぎだす、というきちっとした意思と技術で創り出されて小説は、読むのが楽しいものだ。
例えばジョン・アーヴィングも骨太な伝統的な小説という手法でしっかり読ませるタイプ。
どの作品も、力強く物語へ引っ張られ、読ませられ、唸らせられる。大好きだ。
比べると、アーヴィングの方が緩急ついているというか、
しっかり書くところは粘り強く書き、省略するところは省略する。
マキューアンは、なにもそこまで…というくらい、素材を隙無く書いていく。
点描で描かれた絵画を離れて見ると、沢山の色が溶け合って「かたち」として見え、
尚且つ細部を思い出すことで幸福感を味わえるような、そういう手法であると思う。

それで、主人公のジョーの戸惑い、苦しみをみっちりと読まされた読者に
最終的に見えてくるのは、新しい角度からの愛の本質についての気付きであり、
正常と異常のボーダーの曖昧さ、不可解さである。
パリーの異常行動は、曇りなき誠実な「愛」によるものである。
「愛」が精神病と近いところにある、という遣り切れなさを感じる。

ちなみに、本書はマキューアンが英国ブッカー賞を『アムステルダム』で受賞する前作。
この『愛の続き』もブッカー賞にノミネートされていたそうである。
「Jの悲劇」の邦題で映画化されている。
ジョー役にダニエル・クレイグ(007シリーズ、初の金髪のボンドですね)、
青年パリー役にリース・エヴァンズ(似合いそう!)。
『贖罪』も「つぐない」の邦題で映画化されており、現在日本でも公開中。
2008-05-30 08:08 | | Comment(0) | Trackback(0)
浅野いにお『おやすみプンプン』
おやすみプンプン 1 (1) (ヤングサンデーコミックス)おやすみプンプン 1 (1) (ヤングサンデーコミックス)
(2007/08/03)
浅野 いにお

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おやすみプンプン 2 (2) (ヤングサンデーコミックス)おやすみプンプン 2 (2) (ヤングサンデーコミックス)
(2007/12)
浅野 いにお

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衝撃的な主人公(とその家族)のキャラデザインもさることながら、
なにこの無常観。と読み終わってしばし呆然としてしまう。
不安定がバランスを取って、、感覚が異様にリアルになったり、
遠のいて違うものが見えたりする。

徹底的な絶望と孤独感。
地獄!!と言い切りながら、生きてゆかねばならないのだよね。
神様ってそんなもん、親だって人間
(とは言えプンプンパパとプンプンママは果たして「人間」なのか…違うのか…)、
取り返しのつくことなんか、ほんとに稀にしか無い。
それでも絶望とともに生きて、プンプンの人生は、絶望がきらきらしている。
2008-05-27 08:22 | | Comment(0) | Trackback(0)
穂村 弘のエッセイ
すごく忙しくて、すごく疲れていて、
どこかへ出掛けるような時間と体力は無いけれど
このままただ仕事ばかりして疲れているのは嫌だ、
どこか、ここではないどこかへ行きたい時がある。
そういう時は夢中になって読めるような本が良い。
でも本当に夢中になって読み耽ってしまうようなミステリーとか
移動中やベッドの中で読むには重たい大著は困る。
なにより内容は柔らかくて心にするするすーと入って来てくれるようなのが良い。
そうなると私の場合は大抵エッセイだ。

先月の仕事の修羅場のお供は、ほむほむ。

思春期の乙女の現実と妄想の境が危うい時期、
そして自意識過剰でどうしようもない時期、
そういうちまちました時を40歳にしてまだキープしている穂村弘氏。
歌人でありながら、総務課長の肩書きを持つサラリーマン。
独身のまま過保護な両親と同居し、自室の窓ひとつ自分で開けた事は無く
女の子とラブホテルで大島弓子の「たそがれは逢魔の時間」のネームを暗唱し合う。
この世のものとは思えない。妖精みたいだなあ。
(今は実家を出て、結婚したようですが。会社はまだ勤めてるんだろうか…)

エッセイも面白いですが、本業の短歌はまた素敵です。

耳で飛ぶ象がほんとにいるのなら おそろしいよね そいつのうんこ
サバンナの象のうんこよ聞いてくれ だるいせつないこわいさみしい


世界音痴世界音痴
(2002/03)
穂村 弘

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もしもし、運命の人ですか。 (ダ・ヴィンチブックス)もしもし、運命の人ですか。 (ダ・ヴィンチブックス)
(2007/03)
穂村 弘

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もうおうちへかえりましょうもうおうちへかえりましょう
(2004/05)
穂村 弘

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現実入門現実入門
(2005/03/23)
穂村 弘

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2008-05-14 17:52 | | Comment(0) | Trackback(0)
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